水子供養|東京都の調布不動尊常性寺の文化財「石仏馬頭観音」

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常性寺へお越しの際は「石仏馬頭観音」へぜひご参拝下さい。

文化財「石仏馬頭観音」について

常性寺の「石仏馬頭観音」は、昭和44年11月12日に調布市の民俗文化財に指定されました。
もともとこの石仏は、調布周辺から八王子・長沼・矢ノ口・菅あたりまでの馬持ち衆によって文政七年(1824)に建立されたものであり、その昔、甲州街道の小橋(現馬橋から西50m)の*「すてば」にあったものを、度重なる拡幅で再度にわたり移動した後、現在地に安置されるようになったものです。

馬頭観音の像を彫った供養塔は市内でも珍しく、商人を含む多数の村民が造立したことも知られている貴重な像塔のため、昭和44年11月12日に、調布市の民俗文化財に指定されました。

碑文には、当地の世話人と共に「八王子縞買中」と記されているところから、その頃の呉服商人が盛んにこの周辺の街道沿いを、当時の交通手段であった馬を引いて織物を買い歩いていたと推測されています。
このことは、調布の特産物として「縞木綿」が盛んに織り出されていたことを知る貴重な資料ともなっております。 常性寺へお越しの際は、 ぜひともこの「石仏馬頭観音」へご参拝下さい。

「馬頭観音」とは?

馬頭観音は、インド神話に登場するヒンズー教の説話に由来するものでした。それが時代を経るうちに、馬頭を頂いた観音様の像を拝観する民間信仰に発展してゆき、今日では、様々な姿をした馬頭観音像が数多く残っています。

自動車や自転車がなかった時代、人々は馬を交通手段として荷役や情報伝達の助けにしていました。当時の人々にとって、馬は、家族同然に扱われるほど貴重な存在でしたので、馬の無病息災や道中の安全祈願、また、商売の一助を担っていた大切な馬が死んでしまった際の慰霊のためなどに、石仏の馬頭観音をお祀りする信仰が広まっていきました。

現在、街道沿いのあちらこちらに残っている多くの馬頭観音像は、その沿道が当時の主要な陸上交通ルートであったことの証しとなるものであり、地域の歴史的・考古学的資料として重要な保護の対象に指定されております。

同様に、旧甲州街道沿いに位地する常性寺に伝わるこの石仏馬頭観音も、このような深い歴史的背景を持っていると考えられております。
常性寺へご参拝いただいたおりには、ぜひとも、この 「石仏馬頭観音」にもお立ち寄りください。
悠久の歴史に思いを馳せ、寛ぎのひとときをお過ごしいただけることと思います。

常性寺の歴史文化財「石仏馬頭観音」札所のご案内

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